行きたくない理由って?

子供達が学校を休みがちになる要因ってなんだと思いますか?

一般的な大人たちに聞き取りしてみると、
みなさん、一様に「いじめ?」と答える傾向にあります

そうでしょうか?
もちろん、キッカケとして、そういう思いをしている子はたくさんいます

「学校に行く意味が分からない」
そう言う子たちがとても多いんですよね。

私のことを言えば「行かなきゃならないもの」として思い込んでいたし
遊び心や、ちょっとした反抗の意図でサボったことはありますが。
(よく怒られていました・・)

「行く意味」ある意味 思慮深い言葉です。

勉強は家(自分)でも出来るから!と言う子もいる。
友達とは学校以外で遊べばいいとも。

子供達を取り巻く環境は大人が考えるより複雑です

学校に行きたくない理由は明確じゃない
多くのことが複合していて
本人だって分からなくなっている。

コミュニケーションで言えば
友人だけでなく、先生たちとの相性や学校社会での関わり方など。
それらが、思うようにならない場合、
自我の欲求に合う応えが返ってこない・・・・・・・

うまく伝わっていないジレンマや
自身を安心させてくれるはずの応え欲求への不満

期待に応えることが出来ない不安なんかもあります。
人は誰かの役に立っているという実感から
自身の存在意義と結びつき「必要とされている」ことに
満足感と安心を得るものですから、ここの不安も当然あります

そのあたりの葛藤はとても多い年代
(大人だって、同じ事が言えますよね)
フラストレーションがたまります。
これらは、いうまでもなく、「誰が悪い」ということはありません
多感な時期ですから、価値観も感情も、本人の欲求もめまぐるしく変わります。
子どもたち本人も、自分の成長に追いついて いないから
関わる大人が
そこに一つ一つ対応していくことも、非常に難しい場面もあるでしょう。

また違う要因として
「学習面」があげられます。
学力が追いついていないことは、本人にとって
とても大きな問題になっています

学校での一番長い時間は、当然 勉強してる時間です
好きな教科、得意な教科の時はさほど問題がないとしても
「解らない学科」の時にはその時間 拷問に近い感覚でしょう
焦り、苛立ち、他人との比較・・
だんだんと放棄し始めて 退屈な時間に変化していきます
「出来ない」「苦手」「嫌い」になっていくのは、当然の流れ。

ちょっと、休んだ時期があったり
勉強でちょっとつまづいた時期があったり
でもそれは、「ちょっとくらい」だから
そのまま、答えを見て分かった「つもり」になっていたり
まぁいいやって飛ばしていたり

これって勉強をサボっていた・・ということとは一概には言えません。
本人なりに努力をしていたかもしれません

もっと言えば、以前は得意だと思っていたものがそうではなくなっていたと感じた時の屈辱感。

結構、みんな この「屈辱感」を持っています。
悔しいですよね。
出来ないというレッテルを貼られるのは悔しいんです
それならいっそ、自分から、「嫌い」「苦手」と言っちゃった方が楽かもしれません。
投げ出しちゃった方が、その時は楽になる
そのあとまた、向き合わなきゃいけない時期があり
悶絶することになるんですけどね

なかなか、辛いことです

行きたくない理由は多々あれど
できることから一つづつ、クリアにして行くことは重要

まずは自習する習慣づけから
それぞれの個性にあった「解く力」を引き出して
分からない と言う体験を
分かった!と言う体験に変えていくこと

それから、学習に限らず、子どもたちの話を聞きながら
感情や思考のもつれを紐解き、
先への希望を描いていくこと。

それらが、子どもたちにとって、
面白みや励みになったり、自信になったりしていければ、
自力の一歩が力強くなるかもしれません。

私自身の専門職として
キャリアコンサルティングや心理カウンセリングが
日常の中で、随時できる環境づくりもしています

私たちは子どもたちが
色々な人生経験や職種の大人たちと、関わることを大事にしています
生き方は色々で、自分の活かし方も多種多様
子どもたちの十数年の経験では、視野や世界観が狭くて当然。
色々な経験を積んできた大人たちと接していくことで
興味の幅も広がり
具体的な未来像を描くことが可能になります

大人たちが 子どもたちを 当たり前に見守る社会へ。

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理事長  島田 敦子